備忘録(仮のような正式タイトルのような

基本放置の備忘録。2013年2月25日開設。Twitterもやっています。@tatibana_m

『鍵のかかった部屋 -5つの密室-』

密室がある。糸を使って外から鍵を締めたのだ。

 

似鳥 鶏さんのお名前を見かけて手にしたのですが、いやいや、魅力に溢れたアンソロジーでした。

ミステリーのアンソロジーといえば「密室」「アリバイトリック」など割とざっくりとした縛りのものが多い印象なのですが、この本は冒頭に記した通り「糸を使って鍵を締めた」トリックを使って書かれたミステリのアンソロジーです。

しかもこのトリックも、最初から読者に提示済み。

野球に例えたら「ストレートしか投げません」と宣言してバッターと対峙するようなもので、果たしてこのような強力な縛りの中、どれだけバリエーションを見せられるのか、が「本書の読み方」になると思われます。

 

似鳥 鶏「このトリックの問題点」

「俺が知る限り、小説でもドラマでも、この点に言及してる作品はひとつもないのが不思議なんすけど」

ミス研会長の自室から、賞に応募予定だった原稿が盗まれた。盗んだのは誰か、そして密室はどうやって作られたのか。

「読者に密室トリックが知られている」ことをうまく逆手に取った、逆にいえばこのアンソロジーでなければ魅力が半減しそうな一編。オチはちょっとバタついていたかなー。

 

友井 羊「大叔母のこと」

「我が家には閉ざされた扉があります。それを開けられた方には、とても価値のある物を差し上げます」

亡くなった大叔母の自宅を片付けている最中に見つけた、一通の手紙と鍵のかかった部屋。美奈は鍵を持っていそうな人を捜しながら、大叔母のひととなりに少しずつ触れていく。

Why done itにガッツリ寄せたストーリー。謎らしい謎はなく、ボーイフレンドとのリンクは流石に飛躍が大きい気がしないでもないし、オチが暗示する未来が綺麗すぎるように思えるものの、大叔母の影を追うことで美奈は大叔母に、読者は美奈に共感していく構成がうまく、納得感も十分。

 

彩瀬まる「神秘の彼女」

「こうして大事に飾られてるってことは、造形と、この物体を容器にして中に入っている気がするなにかが、敬われてるわけで……」

目が覚めたら、自室に何故か1m近くある奈良の大仏が。大仏の神々しさとあまりにも奇妙な展開に困惑する正悟に対し、同室の玄馬先輩は「仏様に力をもらった」と、チャットで知り合い、振られた相手「春」を探すことを決意する。

「鍵」の問題と「春」の問題が全くの別個で(一応、繋がりを示しているが、その繋がりがノイズにもなっていて、どうしても弱い)、「鍵」もこのアンソロジーのテーマに即しているかと言われたら、是とは言い難いため、個人的にはちょっと合わなかった作品。文体は読みやすく、今回はあくまで縛りが悪い方向に働いただけだと思うので、機会があれば別作品を読んでみたいところ。

 

芹沢 央「薄着の女」

『薄くて、丈夫で、あったかい』

アイドルのユリは、自分を脅迫していた男を殺害してしまう。事故死に見せかけるため、現場を密室にしようと企てるが、偶然にも現場と同じホテルには、十時警部が宿泊していて——

トリックが古典なら、本編も古典、いやさコテコテにしてしまえ、といった勢いの一本。読んでいて「チープだなあ」と思うけれど、そのチープさがなければ成立しないというのが面白いところ。一方で「徹頭徹尾チープなのだから、やっぱりチープなのでは?」という思いも拭えず、なんとも評価に困る作品でした。これまたこのアンソロジーでなければ成立しなかっただろうなあ。

 

島田荘司「世界にただひとりのサンタクロース」

「あの券は、母の死ぬ前のぼくら親子の絆そのもので、信仰のようなものだったから。あれがあるからと、母はなんとか生きていたんです」

完全に施錠された家で寝ていた少女に贈られていた、クリスマスプレゼント。しかしその日その家で、少女の母親が殺されていた。果たして犯人はサンタクロースなのか?

読んでいて、短編小説にしては登場人物や舞台設定の細かすぎる描写にアンバランスさを感じていたのだけど、最後の注釈に(長編小説『鳥居の密室』の一部として書かれたものです)とあり納得。これはその『鳥居の密室』を読んで評価すべきでしょうね。

ただ、本アンソロジーのテーマからはやや逸脱しているものの、ミステリとしては成立しており、犯人に対する感情移入度は抜群。先に『鳥居の密室』を読んでいたら、お気に入りの一作になったかもという予感があり、その意味では先にこのアンソロジーで概要を知ってしまったのはもったいなかったかも。

 

以上、密室トリックに制約がある以上、全部why done itに焦点を合わせた作品になるかと思いきや、予想以上に幅広い作品が揃っていました。

ミステリの出来として、珠玉のものかと問われたら、そこはどうしても一段落ちると思いますが、このアンソロジーは「深さ」ではなく「多彩さ」を楽しむものだと思いますので、そこは十二分にクリアできているかと。

この形式で、他の作家も読んでみたいと思える一冊でした。